その日、ケンタは朝からなんとなく変だった。
「ん〜〜……」
あくびが、出ない。
いつもなら朝ごはんのあと、ランドセルを背負いながら「ふわ〜」と出るはずなのに、今日は出そうで出ない。喉の奥がむずむずして、でもスッキリしない。
「ま、いいか」
学校に着くと、周りもなんだか変だった。
「ねえ、今日あくび出ないんだけど」
「うちも。ママも言ってた」
なんと、クラス中のあくびが“消えた”のだ。
最初は笑っていたけれど、3時間目あたりからみんなの目がぎらぎらしてきた。
「眠いけどスッキリしない……」
「うとうともしないから、ずっと頭がぼんやりする……」
その日から、学校中が“あくび欠乏症”になった。
保健室には「なんかスッキリしません」と訴える子どもたちが並び、先生たちもピリピリ。
「よし、ぼくが調べる!」
ケンタは“あくび捜索隊”を結成し、あくびがどこへ行ったかを探し始めた。
図書室で「あくびの正体」という本を読んだり、録音機をしかけたり、鏡の前で10秒見つめてみたり——
でも、何も出てこない。
そんなある夜。ケンタがふと机の下をのぞくと、小さな毛玉のような生き物が丸まっていた。
「……あくび?」
その生き物はゆっくり目を開けて言った。
「うるさいところばっかで、疲れちゃった……」
「え?」
「みんな寝るときもスマホ、授業中も落ち着かない……だから、しばらく休もうと思って」
「でも、君がいないと、みんなヘロヘロだよ」
あくびはふうっと息をついた。
「じゃあ、君が“ひとつぶ”だけ、大事にしてくれるなら戻ってもいいよ」
ケンタはうなずき、両手をそっと丸めた。
その中に、ふわっとあくびが入ってくる感覚があった。
次の日。ケンタが授業中に「ふわぁ〜〜〜〜」と大きなあくびをした。
その瞬間、クラス中が次々に
「ふぁ〜〜」
「ふわ〜〜」
「……ぅぁあ」
まるで花が一斉に咲くように、あくびが戻ってきた。
みんな少し眠そうだったけど、なんだか笑顔だった。
ケンタはそっとつぶやいた。
「おかえり」
一言解説
当たり前にあるものが、なくなって初めて気づく大切さ。この物語は、“あくび”を通じて、無意識の中のリズムや休息の必要性を、ユーモラスに描いています。
考えてみよう
・もし「あるもの」が突然なくなったら、何が困る?
・休むことって、なんで大事なの?
・あなたはあくびが出ると、どんな気持ちになる?