山のふもとの古びた村に、一人で暮らす不思議な妖怪がいました。名前は「ぬりかべ」。夜になると道に立ちはだかり、人間たちをびっくりさせるのが仕事です。
でも最近は、車やスマホのせいで「驚かされ率」が大幅にダウン。
「もう、おどろいてくれない……」
ぬりかべは、石垣によりかかってションボリしていました。
そんなある日、村の若者がこう言いました。
「ぬりかべさん、あんた、その体、めちゃくちゃ便利じゃん。バイトでもしてみたら?」
ぬりかべは目をまるくしました(目は壁の内側にあります)。
「バイト……?」
こうして始まったのが、“ぬりかべのアルバイト生活”。
まずは工事現場で「仮設の壁」。
「強風にもびくともしない!」と大好評。
でも、夜になると勝手に動き出してしまい、「壁が逃げた!」と通報されて即クビ。
次にチャレンジしたのは、学校の「黒板」。
先生がチョークで字を書こうとすると、ぬりかべがムズムズしてくすぐったそうに震えます。
「ちょっと動かないで!字が読めないわよ!」
生徒たちは大笑い。でも先生は苦笑い。こちらも短期終了。
最後に見つけたのは、なんと「脱走防止用の迷路係」。
逃げようとする人の前にサッと立ちはだかるだけ。
「壁がどこからともなく現れるなんて……こわすぎる!」
この仕事は性に合っていたようで、ぬりかべは毎晩、脱走者の前にぬっと現れては「ちょっとお待ちなさい」と低い声で言います。
そんなぬりかべを、みんなはだんだん好きになっていきました。
ある晩、月の光の下で、ぬりかべがつぶやきました。
「こわがられるのも、役に立つのも、どっちも悪くないな……」
でも、次の日から村では奇妙なことが起こります。
壁にいたずら書きがされているのです。
「ぬりかべ いつもありがとー!」
「夜の番人 さいこう!」
どうやら、子どもたちが感謝の気持ちをこめて書いているようです。ぬりかべはそれを見て、にっこり(壁なので顔は見えませんが)。
その後も、ぬりかべはバイトを続けながら、夜になるとちょっぴり道に立ちはだかっては、人間の驚く顔を見て、満足そうにうなずくのでした。
一言解説
役に立つとは、思いがけないかたちで現れることがあります。「こわい」と思われていた存在にも、大事な役割があるかもしれません。ぬりかべのように、自分の特徴をちょっと違った視点で見てみると、新しい価値が見えてくるかもしれません。
考えてみよう
・ぬりかべが働いていたら、どんな仕事が向いていると思う?
・こわいと思っていたものが、実はやさしかったことはある?
・自分の「変わってるところ」が役に立った経験はある?