むかしむかし、ある山のふもとに「とけいの森」と呼ばれる場所がありました。そこには時を刻む音があちこちに響いていて、大きな柱時計、鳩時計、砂時計、そして音もなく動く日時計など、さまざまな時計が森の中に点在していたのです。
この森にはひとつだけ秘密がありました。それは「森の中では、自分の“感じる時間”がそのまま流れる」ということ。楽しいときにはあっという間に時間が過ぎ、悲しいときにはゆっくりと進み、誰かを待っているときには、まるで時間が止まっているかのように感じるのです。
ある日、トモという少年が迷い込んできました。トモは最近、友達とけんかをしてしまい、学校にも行く気が起きず、ひとりで山を歩いているうちに、この森にたどり着いたのでした。森の入口には「ここは とけいの森 あなたの時間が動き出す」と書かれていました。
トモは最初、ただの変な森だと思っていましたが、歩くうちに、あちこちの時計がそれぞれ違う時刻を指していることに気づきました。ある時計は朝の7時を、別の時計は夜の9時を示していました。そして一つの鳩時計の前に座っていた小さな女の子が、こう言いました。「ここでは、自分の心が“いま”だと思ってる時間が流れるの。だから時計はバラバラ」
トモはその言葉に少し驚きました。「じゃあ、ぼくの時間は止まってるのかな。最近、なにも楽しくないから……」女の子はにっこり笑って「でも、話してくれた今、ちょっと動いたんじゃない?」と言いました。
トモは森を歩きながら、自分の時間がどう動いているのかを考えるようになりました。あのとき、友達に言わなくてもいいことを言ってしまったこと。すぐに謝れなかったこと。時間が止まってしまったのは、そのせいかもしれない。
森の中には「時計の川」と呼ばれる場所があり、水の流れにあわせて、浮かぶ時計たちがカチカチと音を立てていました。トモはそこに座り、川に小さな紙を流しました。そこには「ごめん」とだけ書かれていました。
すると、川の向こう岸に立っていた誰かが、その紙を拾いました。なんと、それはけんかをした友達のソウタだったのです。偶然か、運命か、ソウタもまたこの森に来ていたのでした。
ふたりは言葉もなく、ただ顔を見合わせ、笑いました。その瞬間、森中の時計が一斉に「チクタク」と音を鳴らしはじめ、木々の葉がキラキラと光り出しました。
「時間、動いたね」と女の子が森の奥から言いました。
それ以来、とけいの森には、「時間が止まってしまった誰かが、そっと動き出すために来る場所」として、語り継がれるようになりました。そしてトモは、あの日の経験を胸に、少しずつ人と話すこと、気持ちを言葉にすることを大切にするようになっていきました。
一言解説
時間が止まって感じるのは、心が動けなくなっているとき。
でも、自分の気持ちに向き合い、言葉にして誰かに伝えることで、また歩き出すことができる。「ごめん」「話したい」そんな小さな一歩が、止まった時間を動かす力になることを教えてくれる物語です。
考えてみよう
- トモは森で何に気づきましたか?
- 「感じる時間」とはどんなもの?
- あなたにとって時間が止まっていると感じるときはいつ?