リクの部屋には、いつもカーテンのすきまがひとすじだけ空いている。
ちゃんと閉めたはずなのに、朝になるとそこから光が差し込んでくる。
「風のせいかな……?」
そう思っていたけど、ある夜、ふと目が覚めると、そのすきまから“誰か”がのぞいている気がした。
でもこわくはなかった。
その“気配”は、どこか懐かしくて、少しだけさびしい感じだった。
次の夜。リクはこっそりと、カーテンのすきまに「メモ」を置いてみた。
『だれですか?』
朝起きると、そこには返事が。
『きみをおぼえてるひとです』
リクはびっくりした。でも、どこかで納得している自分もいた。
それから、夜ごとにメモのやりとりが始まった。
『ぼくのなにをおぼえてるの?』
『ひとりでさみしく泣いたこと。』
『そんなときに、そばにいたの?』
『いつもいたよ。見えないだけ。』
次の日、学校でいやなことがあったリクは、夜にこう書いた。
『今日はちょっとつらかった。』
返ってきたメモは、ただ一言。
『しってる。』
その言葉が、涙よりもあたたかかった。
ある夜、リクは思いきってこう書いた。
『ほんとはだれ?』
次の朝、返事はなかった。
でも、カーテンのすきまには、小さなスズランの花が挟まれていた。
リクはそれをそっと机に飾った。
月日が流れ、メモのやりとりは自然に終わった。
でもリクは、大人になった今でもカーテンを少しだけ開けて寝る。
ふとしたとき、あのすきまから誰かがこちらを見ている気がして。
「……あのときの“ぼく”かもしれないな」
ある晩、自分の子どもが聞いてきた。
「パパ、なんでカーテン閉めないの?」
「うーん……誰かが来たとき、帰りやすいようにかな」
そう言って、リクはそっとカーテンにふれた。
外からふわりと、あのときと同じ風が吹いてきた。
一言解説
夜に感じる「何かの気配」は、こわいものではなく、自分の中に残っている記憶や思い出なのかもしれません。この物語は、自分を見守る存在や、心の奥にある優しさと向き合う感覚を描いています。
考えてみよう
・夜、なにかを感じたことはある?
・昔の自分に声をかけるとしたら、なんて言う?
・見えないけれど、そばにあるものってあると思う?