ユウトの部屋のベッドは、壁にぴったりくっついている。
その壁のむこうには、知らない人の家がある。アパートだから、誰かが住んでいるのはわかっていた。
でも、話したことは一度もなかった。
ある日、夜寝ようとしたとき、壁から「トントン」と音がした。
「……風かな?」
でも次の夜も「トントン」
気のせいかと思って、ユウトも「トントン」と返してみた。
すると——「トン」
返ってきた。
「え……?」
次の日の夜も、また「トントン」
ユウトも「トントン」
「トン」
こうして、“かべのむこうの誰か”とのやりとりが始まった。
最初は音だけだったけれど、ある日、ユウトは小さな紙にこう書いて壁にあててみた。
『だれですか?』
その返事は、次の日の夜。
『ひとりです。でも、あなたがいるとさみしくないです。ありがとう』
それから、毎晩の“かべ文通”が始まった。
『今日の給食はカレーでした』
『いいな。わたしはコンビニのおにぎりでした』
『好きなアニメは?』
『ひみつです。あなたは?』
顔も声も知らない。でも、どこかでちゃんとつながっている。
ユウトはこの見えない友だちとのやりとりが、だんだん楽しみになっていった。
ある夜、壁から音がしなかった。
メモもなかった。
次の日も、その次の日も。
心配になったユウトは、思い切ってメモをはさんだ。
『どうしたの?』
返事は、3日後。
『ごめんなさい 入院してました でも だいじょうぶです』
それを読んだユウトは、安心して、でもなぜか涙が出た。
そしてこう書いた。
『よかった。また、トントンしてください』
夜。
「トントン」
ユウトも「トントン」
どちらの顔も見えないけれど、そこにはちゃんと“ともだち”がいた。
そして数日後、ユウトの部屋に手紙が届いた。
『かべのむこうの ともだちより』
その中には、小さな手作りの紙ひこうきが入っていた。
そして、こう書かれていた。
『顔を知らなくても、会ったことがなくても、友だちになれるって、あなたが教えてくれました。ありがとう。』
ユウトは紙ひこうきを窓から空へと飛ばした。
「いつか、どこかで会えるといいな」
夜、壁をノックすると——「トントン」
今日もまた、かべのむこうには、ちゃんと誰かがいる。
一言解説
見えなくても、言葉がなくても、誰かを思いやる気持ちはちゃんと届くことがあります。この物語は、つながりの形はひとつじゃないこと、相手を知ろうとする気持ちの大切さを描いています。
考えてみよう
・顔を知らない人と仲よくなれるかな?
・言葉がなくても伝わることってある?
・“つながる”って、どういうことだと思う?