マコトの家は、住宅街の端にある静かな一軒家だった。夜になると周囲の灯りはまばらになり、虫の声や風の音がかすかに聞こえる程度。家族も早寝で、マコトだけがいつも夜更かししてゲームや動画を楽しんでいた。
その夜も、午前2時を過ぎたころだった。イヤホンで音楽を聴きながらベッドに寝転んでいたマコトは、突然「ピンポーン」というインターホンの音に驚いて飛び起きた。あまりに大きな音にイヤホンを外し、部屋の時計を確認した。
「……2時?誰だよ、こんな時間に」
家族はすでに寝ている。イタズラかとも思ったが、住宅街のこの場所で、そんな時間に誰かが来るというのは考えにくい。マコトは居間を抜け、静まり返った玄関に立った。モニターを確認すると、外には誰もいない。
首をかしげて戻ろうとしたそのとき——「ピンポーン」。再び鳴ったインターホンに、マコトは背筋がぞわりとした。
再びモニターをのぞいた。やはり画面には何も映っていない。ただ、音だけが確かに鳴った。今度は躊躇いながら、玄関の鍵を回し、ドアを静かに開けてみた。
冷たい夜の空気が流れ込んでくる。誰もいない。門の前も、道路も、街灯の下も、何も動いていなかった。
(なんなんだよ……)
扉を閉めようとしたその瞬間、マコトはふと妙な感覚に気づいた。背後——つまり家の中から、視線を感じたのだ。反射的に振り返ると、廊下の奥に、人影が立っていた。
それは家族の誰でもなかった。細身のシルエット。ぼんやりとした顔。白っぽい服を着て、何も言わず、ただまっすぐマコトを見ていた。
マコトは反射的にドアを閉め、玄関の鍵をかけ、廊下に駆け戻った。しかしそこには、誰もいなかった。
恐怖と混乱で頭が真っ白になりながら、マコトはすぐに家族を起こしに行った。だが両親は夢の中で、目を覚ます気配もない。仕方なく自室に戻り、部屋の明かりをつけたまま、朝まで布団の中で震えていた。
翌朝、両親に話しても「寝ぼけてたんじゃないの?」と笑われただけだった。だが、マコトは確かに見た。モニターにも映らなかったのに、家の中には何かがいた。
気になったマコトは、録画履歴を確認してみた。しかし不思議なことに、昨夜の時間帯の映像だけが空白になっていた。「データなし」という表示が出るだけで、再生もできなかった。
それ以降、マコトの家ではインターホンの不具合がたびたび起こるようになった。深夜に勝手に鳴ったり、誰も押していないのに録画が残っていたり。
ある日の深夜2時。いつものように「ピンポーン」が鳴った。マコトはもう玄関に行かない。部屋の電気を消し、ただ布団をかぶって震えていた。
モニターの録画には何も映っていない。しかし、映像の下部にはこう書かれていた。
《カメラ内に存在しない対象が感知されました》
一言解説
ごく普通の生活の中に、突如として現れる「異常」。人はそれに直面したとき、現実を疑い、記憶を試されます。
考えてみよう
・夜中に誰かが訪ねてきたら、どうしますか?
・証拠が残っていなければ、それは本当に起こったことでしょうか?
・不安や恐怖を感じたとき、あなたはどうやって心を落ち着かせますか?