カミナリ様は、空の上から地上を見守る仕事をしています。音を鳴らして注意を促し、雨を降らせて作物を育てるのが彼の役割です。空が光り、ゴロゴロと鳴るたびに、地上の人々は「おへそ取られないように」とお腹を押さえながら笑っていました。
ところがある日、そのカミナリ様が大切にしていた「音の玉」をうっかり落としてしまいました。空は光るけれど音がしないという、不思議な現象が起きたのです。人々は空を見上げることを忘れ、「カミナリって、もうこないのかな」とつぶやくようになりました。カミナリ様は困り果て、落とした音の玉を探しに地上へと降りることにしました。
音の玉は、山のふもとの小さな村の川辺に落ちていました。見つけたのは、まだ幼い女の子、ミオでした。ミオはその丸く光る玉を宝物のように感じ、家に持ち帰って大切にしました。玉はとてもあたたかく、持っているだけで心が落ち着くようでした。ミオは玉に向かって話しかけるようになりました。「今日ね、転んじゃったけど、がんばって歩いたよ」「お母さんとけんかしちゃったけど、ちゃんとあやまったよ」そんなふうに、まるで日記のように毎日声をかけていたのです。
ある晩、カミナリ様はとうとう玉を探し当ててミオの家にやってきました。「それは私の大事な音の玉だ。返しておくれ」と言いました。ミオは驚きましたが、「この子はずっと私の話を聞いてくれたんだよ」と伝えました。カミナリ様はふと玉をのぞき込み、そこにたくさんの言葉が染み込んでいることに気づきました。どれもやさしくて、小さくて、大切な心の声でした。
「なるほど、音とは鳴ることだけではなく、誰かの気持ちを響かせるものでもあるのか」カミナリ様はそう思いました。
「じゃあ、このまま持っていていいよ。でも、空の音も少し分けてくれないか?」とミオは言いました。カミナリ様は笑って、「それならお礼に、やさしい音をひとつ空に返そう」と約束しました。
それから空のカミナリは、前よりもやさしく響くようになりました。突然びっくりさせるのではなく、遠くからそっと気づかせるような音。人々は「今日は雨が来そうだね」と空を見上げるようになりました。
ミオはその後も玉に話しかけ続けました。玉はもう空には戻りませんでしたが、それでもいつも、ミオの言葉をあたたかく包み込むように光っていました。雨の日には、カミナリの音が静かに鳴り、まるでミオの話を玉が空へ伝えているようでした。
それ以来、村では雷のことを「おしゃべりの音」と呼ぶようになったそうです。音とは、誰かの気持ちに届くもの。カミナリ様もミオも、そして村の人々も、そんなふうに感じるようになったのです。
一言解説
対話のない存在とのやり取りを通じ、言葉だけではない「伝える力」を探る物語です。
考えてみよう
- 音の玉はどんな気持ちを模している?
- ミオとカミナリ様のやり取りから学べることは?
- あなたなら声以外で何を伝えたい?