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にじいろのかがみ

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ある町の片すみに、小さな古道具屋がありました。看板には「心の鏡屋」とだけ書かれていて、何を売っているのか分からないその店には、ふしぎと毎日ひとり、またひとりと訪れる人が絶えませんでした。誰かの紹介でもなく、目立つ広告もないのに、人はなぜかその店を「探し当てる」のでした。

ある日、学校でうまく話せなかったことを気にしていた少年ハルが、下校途中にふらりとその店に入ってみました。店内には古い時計、手紙のような石ころ、小瓶に詰められた「思い出のにおい」と書かれた紙、さまざまな不思議なものが並んでいました。そして奥の棚に、ひとつだけ布をかぶせられた鏡がありました。

店主は年老いた男性で、ほこりっぽい店内の奥から、静かにこう言いました。「その鏡は、“気持ちの色”が映る鏡です。自分の姿に、心の中が色で重なって見える。見たいですか?」

ハルは少しためらいましたが、「見たい」と答えました。鏡の布が外され、ハルは自分の姿を映しました。そこには、淡い水色のもやが重なって見えました。「これは、さみしさの色だよ」と店主が言いました。そして、真ん中に小さなオレンジ色がありました。「これは、だれかと笑いたいという願いの色」

それからハルは、毎週のように鏡を見に来るようになりました。怒った日は赤く、楽しい日は黄緑に、悲しい日は紫に。そして、友達と初めて心から笑い合えた日の色は、やわらかなピンクでした。

ある日、学校でひとり泣いていた子にハルが話しかけました。「今、君の色は、きっと青と紫がまざってると思う。でも、話してくれてありがとうって気持ちはオレンジになってるよ」

子は目を見開き、それから小さく笑いました。「そうだったら、ちょっと嬉しいかも」

それからハルは、自分の気持ちを言葉にするようになりました。「ぼくは今、ちょっと怖いけど話したいと思ってる」とか、「今日のぼくは、うすい黄色だと思う」といったように。

鏡を見ることで、目には見えない気持ちに色があると知ったハルは、「言葉にしないと、気持ちは隠れたままになっちゃうんだ」と気づきました。

ある日、店に行くと、鏡がなくなっていました。代わりに一枚の紙が置かれていて、こう書かれていました。「もう鏡はいらない。君の中にちゃんとあるから」

それ以来、ハルは「心の鏡は、自分の中にある」と信じるようになりました。困っている友達がいたら、その人の色を思い浮かべ、自分の気持ちの色と重ねて話しました。伝わらないと思っていた気持ちも、ちゃんと形になっていくことを知ったのです。

大人になったハルは、子どもたちに色鉛筆を渡しながら言います。「今の自分の色を描いてごらん。それが、きっと君の“こころの声”だからね」

にじいろのかがみは、もう存在しません。でも、あの日からずっと、ハルの中で、そして今は別の誰かの中で、見えないけれど確かに輝き続けているのです。

考えてみよう

  • ハルが最初に見た色は何で、意味は何でしたか?
  • 色を通じたコミュニケーションの利点は?
  • あなたは自分の心の色を何色だと思いますか?
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