むかしむかし、山あいの小さな村に、タエという女の子がいました。
この村には、一風変わったならわしがありました。“かげおくり”と呼ばれ、夕暮れどき、山に沈む光が村を赤く染めると、人々は家の前に立ち、自分の影をじっと見つめるのです。
タエは、このならわしが少しこわくて、ずっとその意味を知りたいと思っていました。
ある日、タエは勇気を出して祖母に聞きました。
「どうして、みんな影を見つめるの?」
祖母は少しだけ笑い、静かに答えました。
「影はね。その日いちにち、だれとどんなふうに過ごしたか、そっと教えてくれるものなんだよ。」
タエはよく分からないまま、その夕方、初めて影おくりに参加しました。
赤い光の中、地面に長く伸びた自分の影が、風もないのにふわりと揺れたのです。
「……?」
そのとき、影の端に、もうひとつ別の影が重なって見えました。
でも、そばには誰もいません。
タエはその影に向かって小さな声で言いました。
「もし誰かいるなら……ともだちになりたい。」
すると影は、まるで返事をするように、タエの影に寄りそいました。
それから毎日、夕暮れになるとタエは影とおしゃべりをしました。
学校であったこと、家の手伝いのこと、できなかったなわとびの話……。
影は何も言わないけれど、いつも静かに耳をかたむけてくれているように思えました。
ある日、村を大きな嵐が襲いました。風は木々をゆらし、雨は地面をたたきつけ、川はあふれそうに。そして、家のひとつが流されそうになりました。
その家には、小さな男の子がいました。外に飛び出したタエは、男の子の泣き声を聞いて、必死に手を伸ばしました。
けれど、タエの足はぬかるみに沈み、もう少しで転びそうになりました。
そのときです。
タエの影が、まるで別の影に押されたように大きく伸び、タエの身体がぐいっと前へ押し出されたのです。
タエは倒れ込みながらも、男の子の手をつかみ、なんとか安全な場所まで引っぱりました。
嵐が去った翌日の夕暮れ。
タエは家の前に立ち、いつものように影を見つめました。
しかし、その日はどれだけ待っても、影は揺れませんでした。
寄りそってくれた“あの影”も、どこにもありません。
祖母がそっとタエの肩に手を置きました。
「影にはね、会いたい人や、守りたい人の心が映るんだよ。
タエの心がだれかを助けたいと思ったから、影も力を貸してくれたんだろうね。」
タエは静かに影を見つめました。
その影は、昨日より少しだけ大きく見えました。
そしてタエは気づきました。
――あの影は、だれか知らない“ともだち”ではなく、自分の中にある勇気だったのかもしれない、と。
タエは小さくうなずき、また歩き出しました。
影は、夕暮れの道をふたり分の足音のように寄りそってついてきました。
読み聞かせ一言解説
昔話の形を借りて、「見えない存在」をどう感じるかを考える物語にしています。影は“他者”のようにも見えるし、“自分の中の力”の象徴にも見える、解釈の余白を残した存在です。
子どもが読み聞かせを通じて「勇気はどこから来るのか」「つながりとは何か」を、自分の言葉で探せるように意図しています。
読み聞かせで考える
・影が寄りそってきたのは、どうしてだと思う?
・タエは本当に“ひとり”だったのだろうか?
・目に見えないつながりを感じたことはある?

