読み聞かせ一言解説
ルールを守ることは大切ですが、それだけで周りの人の気持ちまで守れるとは限りません。この物語は、「正しいこと」と「やさしいこと」が必ずしも同じではない場面に気づくきっかけを与えてくれます。相手の立場や気持ちを想像することの大切さに、子どもも大人も改めて目を向けることができる内容です。
※この話には、正しい対応や結論は用意していません。
夕暮れの帰り道、街の灯りがぽつぽつとつき始めたころ、小学三年生のそうたは、駅前の広場で足を止めた。
広場の真ん中には大きな掲示板があり、「ルールを守って楽しく使いましょう」と書かれている。
その前で、大人たちが少し揉めていた。
「ちゃんと許可は取ってますから」
スーツ姿の男性がそう言って、スピーカーから大きな音で音楽を流している。
確かに掲示板には「申請すれば使用可」と書いてある。
でも、ベンチに座っていたおばあさんは耳をふさぎ、困った顔をしていた。
その横で、小さな赤ちゃんが泣いている。
「うるさいわねえ…」
おばあさんが小さくつぶやくと、男性は少し不機嫌そうに言った。
「法律的には問題ありませんよ。ちゃんと手続きしてますから」
そうたは、その言葉が妙に引っかかった。
――法律的には問題ない。
家に帰ると、そうたはその話を父にした。
父は少し考えてから、こう言った。
「そうたはどう思った?」
「うーん…間違ってないんだけど、なんか嫌だった」
「どうして?」
「だって、あのおばあちゃん困ってたし、赤ちゃんも泣いてたし…」
父は静かにうなずいた。
「じゃあ、もし“法律がなかったら”、どうするのがいいと思う?」
そうたは考えた。
しばらくして、小さく答えた。
「…ちょっと音を小さくするとか?」
「どうしてそう思う?」
「だって、みんなで使う場所だから」
その夜、そうたは不思議な夢を見た。
そこは「ルールの国」と呼ばれる場所だった。
町の人たちはみんな、分厚い本を持ち歩いている。
それが“法律の本”だった。
ある人はゴミを道に捨てた。
でも本を開いてこう言う。
「ここには“この場所で捨ててはいけない”とは書いてない」
別の人は電車の中で大声で電話をしている。
周りの人が迷惑そうにしても、こう言う。
「禁止されてないから問題ない」
誰もルールは破っていない。
でも、どこかギスギスしていて、誰も笑っていなかった。
そうたはその町で、一人の女の子に出会った。
女の子は小さなノートを持っていた。
「それ、法律の本?」
そうたが聞くと、女の子は首を振った。
「ちがうよ。“きもちのノート”」
ノートにはこう書かれていた。
・いま、この人はどんな気持ちかな
・自分がされたらどう思うかな
・少しだけ、ゆずれるかな
「それ、ルールじゃないよね?」
そうたが言うと、女の子は笑った。
「うん。でもね、これがあると、けんかが少なくなるの」
そのとき、さっきのスピーカーの男の人が現れた。
やっぱり大きな音を流している。
周りの人たちはまた困った顔をしている。
でも誰も何も言わない。
“ルール違反じゃないから”。
女の子はそっと男の人に近づいた。
「ねえ、少しだけ音を小さくしてくれる?」
男の人は顔をしかめた。
「ルールは守ってるよ」
女の子はノートを開いた。
「でも、この人たち、ちょっと困ってるみたい」
そう言って、周りを指さした。
男の人は少しだけ黙った。
それから、ゆっくり音量を下げた。
すると、不思議なことに、町の空気が少しやわらいだ。
誰かが小さく「ありがとう」と言った。
その瞬間、そうたは目を覚ました。
翌日、また同じ広場に行くと、昨日の男性がいた。
でも今日は、音は少しだけ小さくなっていた。
ベンチのおばあさんは、昨日より穏やかな顔をしている。
赤ちゃんも泣いていない。
そうたは思った。
――法律って、守るためのものだけど、
――それだけじゃ足りないのかもしれない。
帰り道、そうたはポケットから小さなメモ帳を取り出した。
そして、昨日夢で見た言葉を書いた。
「これ、ぼくの“きもちのノート”にしよう」
そのノートに、どんな言葉を書くかは、誰にも決められていない。
正解もない。
ただ一つだけ、そうたはわかっていた。
“ルールを守ること”と、“人を思うこと”は、
同じようで、少しだけちがうということを。
読み聞かせで考える
もし自分が「ルールは守っているけど周りが困っている人」だったら、どうすると思う?
自分がされたら嫌なことでも、ルール違反でなければしてもいいと思う?
みんなが気持ちよく過ごすために、自分ができる小さな行動はどんなことがある?

